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マルコおいちゃんのドイツ生活ああだこうだ事典
≪Bar di Marco≫から旧名に復帰しました。  
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最後の7日目になった。

 

列車はポーランドの平野を走っている。一面の麦畑である、もう少しで収穫であろうか?

 

線路ぎわに野ウサギがでて、のんびりと日向ぼっこさえしている。

 

畑の間の野道を、一台の古いスコダが走っている。世の中すべてこともなし、というかのごとき田園風景であった。

 

ほとんど一日走って、列車はワルシャワに到着した。

 

街並みや道路も、すべていかにもヨーロッパ然としたヨーロッパである。

 

人の服装も、ロシアよりはるかに垢抜けている。その色使いや形もシックである。

 

またあのバレー団の女の子たちを思い出す。

 

列車はワルシャワ駅の郊外電車ホームの脇に停車した。それゆえこの街の人々の様子をかなり丹念に観察することができた。

 

結論。ワルシャワは、東側にはふさわしくない。

 

こんなあたりまえのようで誤解されやすいことを、いまさらながら確認した。

Warszawa.jpg

 



















しかし、この感想は、ずっと後にポーランド人の同僚に話をしたさい、思いもよらぬ事実によって訂正されることになった。

 

事の始まりは、食堂車であった。ポーランド通過の際は食堂車が接続されていなかった。そのことを話したときに、その同僚は、苦い顔つきでこう話してくれた。

 

「たしかにその年も豊作ではあった。しかし国民は飢えていた。小麦粉に大鋸屑(オガクズ)をまぜてパンを焼いたほどだよ。」

 

「わかるかい?せっかくの豊作も、すべて社会主義の兄貴のために供出させられてしまったからだ。」

 

物事というものは、表面的には推し量れないものであることを、その時また知らされた。

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無題 
せっかくの豊作も、全てはショーケースの中の事であったいう事でしょうかね

なんか、切ないね~
2007.05.22 22:46 Posted by sarah | Edit
奴隷の生活の 
みじめさというものでしょうか?

そんななかでヤルゼルスキーはよくやったものです。敢えてたくさんの国民の非難をあびながら、しかし対ソ国益を守り通した真の愛国者というべきでしょう。彼が軍事管制の決心をしなければ、ハンガリーやチェコの二の舞になっていたことでしょう。
2007.05.22 23:59 Posted by マルコおいちゃん | Edit
おろろ・・・ 
悲しい話。
でも、風景写真はとっても綺麗ですね・・・
ハンガリーも鎖橋のあたりの夜景は綺麗でしたけどね~・・・
2007.05.23 01:13 Posted by 6 | Edit
・・・・。 
飢えの時代、奴隷なんて・・
恥ずかしながら想像もできない。ふやけとるの~

写真おやぶんさんが撮ったの?借り物?
綺麗ですねえ~・・。
2007.05.23 08:05 Posted by ひよこ | Edit
オガ屑 
には恐怖をおぼえました。しかも豊作の農作物を前にしての話ですからね。
2007.05.23 15:43 Posted by マルコおいちゃん | Edit
写真はもちろん 
借り物ですってば。下にちゃんと、でところが・・・、あっ、ないか?まあいいや。
2007.05.23 15:44 Posted by マルコおいちゃん | Edit
場所 
「国の位置が・・・。」他の地域でもそういう言葉を聞きますが、それにしても。
中欧から東欧にかけてのある程度の街って、昔からの風情を漂わせている街が結構あるようですね。
ひとつには経済状況が思わしくなかったという要因もあるでしょうが、ただその一面だけでは語りきれないのでしょうね。西側にも風情の残っている地域はありそうですし。
先祖代々築き上げられた立派なもの(文化・習慣)をヨーロッパのそれぞれの地域は継承しているように見えます。
しかし、ロシア帝国=ソビエト連邦に近い地域では、大国の覇権に翻弄され(他にも大国はあったのだが、どこか違うような気がします)続けたので・・・。
「EU」以前、西欧では「EC」が結成されていたころ、東欧諸国はナントカという集団に所属させられていましたが、建前上は「共栄圏」になっていたけれども、あれって事実上はソ連による植民地支配のようなものなのではないのかとか、思ったり・・・。
何せ、「ルーマニアは”農業が得意”だから工業化はするな」とか「ポーランドはおとなしくしてろ」とかいろいろあったように聞いたことがありますので。
ヤルゼルスキ将軍の件は、私も同じように思います。
ところで、大国の覇権の野望の元に2度となく3度となく地図から消されたことのあるポーランドですが、ソ連KGBの前身を最初に仕切っていたのもポーランド人でしたよね。
なんだかロシア人とポーランド人のお互いの「不信感」というようなものも感じますが、考えすぎでしょうか?
それはともかく、昔、ワイダ監督の「地下水道」を見て、見殺しにされる西側のレジスタンス兵を残念に思いながら見ていたことがありましたっけ・・・。
ポーランド単体としては、ドイツともいろんな過去のいきさつがありますよね。
例のナチス党の頃の話であるならば、確かポーランドはリトアニアと並んで、ユダヤコミュニティの比率が他の国よりも高く、それがドイツ進軍の一因にもなったと聞いたような記憶が・・・あれ?ソ連の宣伝工作?
アウシュビッツ・・・連帯・・・重い空気が・・・。
さて堅い話は別として、日本でいちばん有名なポーランド人って、やはりショパンなのでしょうか。
2007.05.23 16:21 Posted by nihonhanihon | Edit
続編 
楽しみに待ちます。
2007.05.23 16:49 Posted by nihonhanihon | Edit
コメコン 
のことでしょうね。それはまさにソ連のための収奪機構だったわけです。

また、おっしゃるようにドイツとポーランドの関係は複雑です。多くのドイツ人は(心の中で)ポーランド人を低く見下しているようです。
2007.05.23 19:12 Posted by マルコおいちゃん | Edit
社会主義は 
究極の成熟社会だって高校の先生が言ってたけど・・・資本主義より厳しいじゃん。(死)
2007.05.24 01:30 Posted by みちこ | Edit
そうでしたそうでした 
「コメコン」でした。
2007.05.24 02:54 Posted by nihonhanihon | Edit
社会主義は 
究極の野蛮社会でした。
その教師は、嘘つきか、思考停止か、あるいはただの阿呆だったようです。
2007.05.24 15:45 Posted by マルコおいちゃん | Edit
コメコンは、死語になって 
よかった言葉の一つです。
2007.05.24 15:46 Posted by マルコおいちゃん | Edit
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