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マルコおいちゃんのドイツ生活ああだこうだ事典
≪Bar di Marco≫から旧名に復帰しました。  
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その再会を約してでかけた日の夜、家内が不安そうな顔つきで帰宅した。VKL氏がその場所にあらわれなかったということだった。氏は約束を違えるような人物ではなく、もしなにか急用のある場合はかならずその旨連絡があるはずだし、不審に思って電話をしたが誰もでないという。
 
そしてこれから氏を訪問する、といってきかない。厭な予感にとらわれている、それを是非ともはっきりさせたいという。夜ももうかなり遅かったのでわたしは息子を寝かしつけるため家に残り、家内が一人ででかけた。
 
一時間もしたころであろうか、家内が電話で事の経過を知らせてきた。
 
呼び鈴をいくら鳴らしてもなんの返事もない。そこでアパートの管理人に部屋をあけてもらうことにした。合鍵で戸をあけようとすると中からチェーン式の鍵がほどこされている。管理人は警察にすぐ連絡するという。
 
家内はドアの隙間から椅子にもたれる氏のやや薄くなった後頭部をみてすぐに事態を了解したそうだ。
 
警察が到着し鍵を切り落とした。検死の医師は死後約二週間と判断した。

 
二週間前?

 
それでは旧市街で偶然出会ったその日ではないか?
 
管理人が最後に氏を見かけたのもその日の夕だったという。異常気候が記憶の助けになった。その日以降はまったく見かけなかったそうだ。管理人として手落ちであろうがそれを云々している場合ではない。
 
氏は肺気腫の持病をもち医薬にたよって暮らしていたそうである。なぜタバコをやめなかったのか。発見された際その手に握り締められていたのは気管支拡張剤スプレーであったという。あの日の異常な陽気により体調変化をおこし呼吸困難に陥ったものであることが想像された。
 
警察は他殺や犯罪の疑いなしと判断し身寄りに連絡して処理するよう提議したが誰もその身寄りを知らない。家内があちこち訪ねまわってハンブルグに住む伯父をさがしあてるのに数日を要した。
 
その伯父はイランの故郷に埋葬することを主張したが家族の現実論に負けてけっきょくハンブルグに埋葬することに同意し病院に仮安置された遺体をひきとっていったということだ。
 
家内は招かれて葬儀に参列し帰宅した後、あれからずっと考えていた事といって、ある考えをわたしに告げた。
 
それはわたしの考えと概ね一致していた。

 
あの日の不意の出会いは「意味のある偶然」であった、ということである。


 
氏は言葉の不自由さの故かほとんど友人らしい友人をもてず、家内とときたま大学へ通う電車で出会うと英語で話しができることを楽しみにしていたようだ。
 
あの日、何かの力により氏は家内とその家族にあわされたのではあるまいか?そうとしか考えようもない。
 
わたしはあの別れの時の不安な気持ちを今でもありありと思い出すことが出来る。そして氏のその時の微笑みも。
 
今も氏の住んでいたアパートの近くを通りかかるたびにわたしは氏のことを思い、氏が我々にもたらしてくれた思い出に感謝し、そして氏の冥福を祈るのである。
 
祖国をはなれ異郷に暮らす者のよるべなさを共有する身としてわたしは、氏を思うたびにいつもわが身を思う。そして氏が誇らしげに語ったことのある彼の故郷であるイランの古都イスファハンを何時かは尋ねてみたいと夢想する。
 
その時こそは氏の思い出をそこに埋めるのだと。

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